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近況・お知らせ |
| 名前 | 勝亦 裕三(yuzo katsumata) |
| 生年 | 1960年 |
| 住まい | 静岡県東部 |
| 趣味・特技 | 写真(富士山、さかな) 競馬研究(馬券はあまり購入しません) 水草レイアウター さかなの繁殖 |
| 業界歴 | 卒業後、東芝EMIに入社、80年台のヒットしたアリス、長渕剛、松任谷由美、オーフコース、寺尾聡 などの制作にあたる。 グッピーコンテストデビューは80年前半、静岡市の木下フィッシュ主催、サンライズグッピーコンテス トでコブラ部門とモザイク部門で部門優勝、エーバーフィールドのオーナー永野氏が、木下に在籍し ていた時代です。 同時期に水草にも興味があり、川崎市溝の口で全国初の水草専門店「水草苑」にしばし通うように なり、水草苑のお客であった木島豊氏に会うことができました。 木島氏はブルーグラスの生みの親で当時のグッピー界で知らない人はいないほどの方で到底雲の 上の存在でしたが、厚かましく自宅を見せて頂き、夕飯をご馳走になり、お土産にブルーグラスまで 頂き、無礼極まりない若僧に、暖かく対応して頂きました。頂いたブルーグラスは非常に大きく、メス の腹部は大人の親指より大きく産仔も200匹を越えていました。 その後も何度も通ってやっとの思いで弟子にして頂きました(木島氏は認めていないかも)当時、 木島氏の技術を越えるような人はおらず、数年に渡って木島氏の独壇場でしたが、自分としてはドイ ツイエロータキシードに興味があり、今のように何処でも販売している訳でなく探すのが大変で、いた としてもボディはマッチ棒のように細く、尾びれの色彩はいかにもネオンタキシードと掛けましたと言っ たレベルで1ペア15000〜30000円が普通でしたほとんどの個体は1ヶ月以内に亡くなるのが当 たり前で、始めて取れた仔は3匹でした。この3匹が私とってドイツイエロータキシードのスタート になったのです。 最初のグッピーコンテスト優勝は80年後半ザ・フィッシュ湘南主催でした。同主催では03年にも優勝 しましたが、優勝の喜びは今でも鮮明に覚えています。80年後半に入り国内最大のグッピーコンテ ストはダイヤモンドグッピー協会主催で新宿伊勢丹で行なわれていました。 何回か出品するうちに、部門で優勝するレベルまで成長し、91年遂にダイヤモンドグッピーコンテス トで総合優勝することができました。 優勝したした魚はドイツイエロータキシードでした。 優勝の賞品は1.8mもある巨大トロフィとコブラ部門でも優勝し、賞品は90cm水槽セット2本で、当日 は電車だったので90cm水槽は誰かにあげて巨大トロフィを持ち帰ることにしましたが新宿地下街の 天井は以外と低く照明などにぶつかりながらやっとの思いで持ち帰りました。 この優勝を境に第9回ジャパンマッチングクラブ、日本アマチアグッピークラブ秋季、第2回ジャパン グッピーファームグランプリ第15回国産グッピー愛好会、第17回エーバーフィールド、第21回JGBC などで優勝しました。 優勝することで「この業界でやれる」などと思い込み、勢いだけで95年に東芝EMIを退職し、沼津市 にアクアランドクラシックをオープンしました。お店はグッピーは勿論、ディスカスからアロワナまで 総合で取り扱っています。 オープンして数年してレッドビーシュリンプが、にわかにブームになっていましたが、当時はシュリンプ 栽培センターの独占商品でなかなか自家繁殖には至りませんでしたが、ようやく月産1000匹を作る ようになりましたが、当時は1000匹以上を生産できる方は、国内で数人しかいませんでた。お陰で 数年間はエビバブルで潤っていました。 04年頃から海水魚にも力を入れカクレクマノミの繁殖にチャレンジしましたが、最初の半年は1匹も 生き残ることができませんでした。クマノミの繁殖実績がある清水の三保の水族館や、町田にある 日海センターに何度も足を運び繁殖方法を聞くことができ遂に3匹が4ヶ月まで育てることができ、 その後は1度に300匹を育てることができるまでになりました。お陰さまで「楽しい熱帯魚」のDVDで 繁殖方法が公開するに至ってます。 11年にグッピーで「ロイヤルブルーグラス」を発表しました。このロイヤルブルーグラスはハイドーサ ル(大背型)を更に改良し背びれを大型化し尾びれのスポットを細かくしました。 ロイヤルブルーグラスは当店オリジナル商品名であり、従来のブルーグラスとは明らかに異なるので 命名しました。 |